未曾有の東日本大震災から、もうすぐ1年経ちますね。震災が起こった頃は、テレビ番組、スポーツなど様々なところで自粛ムードになりました。時が経つにつれ、世の中が自粛をやめる事で被災された方を元気付けようという風潮に変わってきました。
ひだまり vol.50
未曾有の東日本大震災から、もうすぐ1年経ちますね。震災が起こった頃は、テレビ番組、スポーツなど様々なところで自粛ムードになりました。時が経つにつれ、世の中が自粛をやめる事で被災された方を元気付けようという風潮に変わってきました。
先日、震災で撮影が延期されていた映画の撮影を再開することになり、出演予定だった東北出身の俳優さんが降板を申し出たという記事を読みました。はたから見れば、復興が進んでいるように見えても、地元の人は、今も変わらない状況にあり、映画を撮るのには時期尚早という考えからのようでした。
被災された方の苦労はこれからもまだまだ続き、時間では計れないものであるということを思い知らされる出来事でした。
2012.3.1発行
<発行元;シエスタ荒木医院>
〒807-1101 北九州市八幡西区上香月1-4-8
TEL:093-618-3555 FAX:093-618-3530
Homepage:http://www.siesta-hosp.jp
E-mail:libertad@siesta-hosp.jp

開院20周年のご挨拶

周辺の病院や施設の方からの患者さんのご紹介をいただき、またこちらが困った時にはいろいろな医療機関にお世話になりながら、追われるように過ぎてきました。皆さんのおかげと感謝しております。
今までに出会った患者さん方からのご紹介で来ていただく患者さんも多くおられました。ありがたいことだと思っております。
平成24年2月時点で、外来患者数は延べで17,900人を超え、入院患者数は3,890人を越えています。
快適に休養していただけるように、ハード面とソフト面で環境整備には努力してきました。医療面でも薬物用法だけではなく、それぞれの方の発病のきっかけとなった要因を整理し、その対策を共に考えることに重きを置いて治療を進めてきました。バラエティに富んだ食事も楽しんでいただいております。すべての面においてこの施設を利用された方々に喜んでいただけるように全職員が努力を続けてきました。これからも皆様のご協力をお願いします。(平成24年春)
院長 荒木 富士夫


その為、皆様には待ち時間が長く、大変ご迷惑をおかけしております。外来では、快適にお待ちいただける様、日々、試行錯誤しておりますが、まだまだ至らないところがあると思います。
20周年を機に、今一度「正確」「丁寧」「スピーディ」を心がけ、これからも努力してまいりたいと思います。

本当のホスピタリティとは何か?ということとサービスと医療の両立について考えてきました。
自分が快適と思う空間は何か?どんな医療サービスをうけたいのか?心のこもった食事はどういうものか?自問自答の20年だったと思います。
結果は、入院された方々や外来通院の方々が教えて下さったと思うのです。「ここに来て良かった!」その一言が何よりの褒め言葉でした。
ご利用頂いた方々とは家族のように関わらせて頂きました。「この施設があるから安心して働ける。いつでも休みに来られるから。」 有り難いお言葉です。
当院をご利用の皆様、これからも私共と一緒に、共に悩み、共に楽しみ、歩いていきましょう。
G.M 荒木


月・水・木曜日は、目標喪失による「うつ病」の方、火・金曜日は、対人緊張のために「ひきもこり」状態の方を対象としております。
軽いスポーツや手芸、お菓子作りやお出かけなどを通して、楽しい時間を過ごしています。
デイケア開設11年目を迎え、利用される皆様がより一層安らげる空間作りを目指して努力していきたいと思います。

時には、患者さんの悩みを一緒に考え、また、気分転換の為に、園芸、室内ゲーム、こんにゃく作り、卓球大会、毎月恒例の尺岳登山、クリスマス会等のレクレーション活動も行っております。
これからも皆様に快適な入院生活を送っていただける様、日々努力していきたいと思います。

平成14年6月3日に、現在の荒木医院3号館『リベルタ』の1階に引越ししてきました。(以前は、本館の現ラウンジがレストランでした。)早いもので、3号館に来て今年で10年目になります。
レストランsiesta(シエスタ)では、入院の方に朝食・昼食・夕食を毎日ご提供させていただいております。入院されて数日は、食の細い方が多いのですが、どの方も退院前には、とても美味しそうにお食事を召し上がってくださいます。この時は、私たち厨房スタッフがとてもうれしく感じるひと時です。
食のバランスは、心のバランスととても強くつながっています。もちろん、生き物である私たちは、エネルギーを補給しないと生きてはいけません。しかし、バランスを考えるには、心にゆとりがないとなかなかうまくはいきません・・・その心が少しでも元気を取り戻せればと思いながら、お食事の準備を毎日いたしております。
もうすぐ、温かい春がやってきます。レストランは一面ガラス張りで、とても素敵なお庭がよく見えます。四季折々感じられます。1月はふきのとう、3月にはメジロが遊びに来てくれます。4月にはチューリップ、パンジー、様々なハーブ・・・今年も、少しずつ芽を出してきています。うっとりするような景色を見ながら、その景色に負けないように、これからもまた、皆様のパワーの源になるお食事を準備していきたいと思っています。
祝辞

それは、荒木先生と、過去に治療を受けられた患者さんとの共同作業で創られた、未来の患者さんへの贈り物です。荒木先生がお仕事を続けられる限り、「シエスタ」の進化は続きます。
継続する難しさ、継続する大切さ、荒木先生の足跡から、これからも多くを学ばせてください。荒木先生、開業20周年おめでとうございます。
はいしクリニック 葉石 正蔵

☆葉石先生、祝辞を頂戴し、ありがとうございました。 荒木医院 一同
「黒部五郎岳と薬師岳に登りました」
にわか登山家
お盆休みの北アルプス登山は9回目になりました。黒部五郎岳や薬師岳は北アルプスの中でも奥深く、体力と限られた期間での登山しかできない現実ではほぼ諦めて、何時も遠くから眺めていた山々でした。年々体力は低下するばかりなので、このたびは行ってみることにしました。元アウトドア派のN先生も一緒に行っていただきました。
8月11日の診療が済んでから、新幹線で京都へ。京都から夜行バスで富山へ。富山からレンタカーで有峰湖に入りました。登山口の折立を出発したのは12日の朝8時過ぎでした。高度を上げて行くにつれ薬師岳の姿が見えてきました。キツゲの黄色い花たちも迎えてくれました。太郎平小屋(標高2325m)には13時半に到着しました。眼の前に雄大で美しい薬師岳を眺められ、晴天に感謝しました。
2日目(13日)はヘッドライトを付けて朝3時35分に太郎平小屋を出発。北ノ股岳、赤木岳など幾つかの山を越えて、黒部五郎岳(2840m)の山頂には9時45分にたどり着きました。危険なところはないのですが行程が長く、予想はしていたとは言え片道で6時間以上を費やしました。天気は悪くなかったのですが山頂に行った時に運悪くガスがかかり展望がききませんでした。太郎平小屋まで同じ道を戻るのにまた6時間を要しました。疲れて、早くから寝ました。
3日目(14日)は眼の前に見える薬師岳(2926m)の往復をしました。朝5時55分に出発し、ひたすら登り続けました。山頂には9時10分に到着。この日はほとんど雲のない快晴で360度のパノラマを楽しむことが出来ました。南には前日登った黒部五郎岳。それから東に連なる山々は三俣蓮華岳・鷲羽岳・水晶岳・雄大な赤牛岳(裏銀座と呼ばれる)。その奥に槍ヶ岳と穂高連峰や笠ケ岳のシルエットがくっきり見えました。手前には雲ノ平の小屋も見えましたよ。北に目を転じると意外に近く立山連峰と劔岳が雄姿を見せていました。
薬師岳は立山から眺めると赤い山肌が雄大で美しい女性的な独立峰です。立山から何度となく眺めたことがありました。「何時か登れれば」と思っていた薬師岳の山頂から、逆に立山を眺めていることに感慨を覚えました。剣岳も眺めているだけでもいい山でした。立山から見ると赤い山肌に見えましたが、実際の薬師岳は写真で判るように白い砂利で雪渓のように見えました。
4日目(15日)太郎平小屋を6時25分に出発。ひたすら下山し続けて、折立に着いたのは9時40分でした。レンタカーで富山に戻る途中、亀谷温泉で5日ぶりに入浴し、ここで時間調整のため長い休憩(お昼寝)を取ることが出来ました。
登山には最高の好天が続きました。夜は結構寒くて毛布と布団にくるまって早くから寝ました。今年も寒いお盆を楽しみました。
N先生は健脚です。私の遅い足に合わせて歩いていただいた。ただ、山の天気は急に変わるので、山頂近くではいい写真を撮っていただくために、私を残して先行していただいた。いい写真を沢山撮られましたよ。下山の時も私に合わせていただきましたが、山小屋が近くなると美味しいビールが誘惑するようで、N先生の足が速くなったことを報告しておきましょう。ついでに、N先生はお天気男のようでした。
今年もガイドは妻でした。留守を守っていただいた病院スタッフにも感謝します。皆さんありがとう。来年も行かせて下さいね。


癒しのセラピスト キララ珍事件
2月某日、昼すぎ。
キララの喧嘩するような声がするので、声のする場所を求めて庭に行ってみると、キララの声は聞こえますが姿が見当たりません。ふと上を見てみると、庭で一番高い木の上に、野良猫といるじゃあありませんか。
その声はとても響くので、次第に入院患者さんが集まってきたり、近所の人に見られたりと注目を浴びていました。
恐らくキララが野良猫をけん制しながら、木に登って行ったのでしょうが、お互いけん制中で降りられない半分、恐くて降りられない半分での叫びだったのではないかと思います。

結局、病院スタッフが入院患者さんの手を借りながら、はしごを使ってキララを救助することに・・・キララは大人しく救助されたそうです。
野良猫はというと、キララ救助の最中、さっそうと木を降りて行ったそうです(笑)。
井戸端会議
~職員が日頃の体験や最近はまっていることetcを自由に書き込むコーナー~
フリーペーパーを見ていると、見たことがある名前があったので、目を向けま した。居酒屋の大将からのお知らせでした。奥さんを亡くした為、2店舗あるうちの1店舗を閉店するという内容でした。そこには、奥さんのことが細かく綴られていました。奥さんを30代半ばという若さで女性特有の病気で 亡くしたこと、それは病気発覚から1年という早さだったこと。
最後に奥さんの死を無駄にしない為にも、女性に向け、検診へ 行ってほしいというメッセージが綴られていました。
行ったことのないお店ですが、お店の名前は何度も目にしたこ とがあったので、衝撃を受けました。検診というのは、つい後 回しにしてしまいがちですよね。
私もしていない検診があるので、早めにしなければと思いました。
【ソフィー】
虫嫌いの私ですが、友人の家に泊めてもらう日に友人の家に虫がいることが発覚。友人も虫嫌いのため、退治できずに家に閉じ込めてきたとの事。友人は、私はきっと虫が大丈夫かもとポジティブに考え、私に退治してほしいようだった。どんな虫かも分からないので余計に恐い。普段虫が家などで出ると家族に退治してもらっていた為、殺虫剤すら吹きかけたことがない。だが、そうも言っておられず、ここは私が頑張るしかないと思い、家に入ることに。虫はどうやらカメ虫のようだった。殺虫剤をかけギャーギャー言いながら、なんとか退治。そういえば、友人は学生時代、部屋で虫が出たら引越しをすると言っていたのを思い出した。
小学校1年の予防接種の時、私の前の子が注射が恐いと泣き出した。後ろの私はなぜか、看護師に言われ、見本を見せるはめに。子供ながらに恐いとは言えないし、泣ける状況でも無く我慢した。それ以来、究極の時は私が頑張るしかないと思うようになった。
【スナフキン】
夜中に1人で、ピノというアイス(丸型で6個入り)を食べようと蓋を開けると、6個中1個が星型でした。とっても珍しいので、家族に見せたかったのですが、解けてしまうので、思わず携帯で写メを撮り次の日家族に見せました。小さな幸せです。(笑)
【チャチャ】