昭和55年のアメリカよもやま話(その1)

昭和55年のアメリカよもやま話(その1);

① Los Angeles(以後 LA と略す)はとても住みやすい気候である。

春から秋まで雨が降らない。この町は砂漠の中に水を引いて作った都市である。オープンカーがもてはやされるが盗難には要注意の国でもある。

夏は気温が高くなるが湿度が低く、エアコンは要らなかった。冬場も比較的温暖で年をとったら移住して住みたい町だ。

西は Santa Monica から東は Santa Ana 方面まで広大な地域で、関東平野くらいの広さがある。高速道路(無料)が発達していて便利だ。車社会なので、バスの便数が少なく、鉄道はほとんどない。

サンタモニカの海岸からは太平洋に沈む夕日が見られる。海水浴もヨットもベスト。

観光地はハリウッド、ユニバーサルスタジオ、デイズニーランド、マジックマウンテン、チャイナタウン、メキシカンタウンなど・・お勧めは、ハンコックパーク内にある恐竜の博物館(ウイルシャー大通りで、LA ダウンタウンとサンタモニカの中間点くらいにある)。

②アメリカは大きな大陸であることを実感した。

California 州だけで日本全土の面積に相当する。その多くは砂漠である。お隣の Nevada 州の Las Vegas に行こうと考えたことがあった。Grand-canyon にも行ってみたいと考えてのことでした。大学の研究室の秘書に話したところ、「車は perfect か?。そうでないと dangerous だ」と言われた。その意味が飛行機の窓から見て理解できた。LA から東に延びる道路はまさに砂漠の中にまっすぐに伸びる道で、店舗も人家も何も無く、車もほとんど通らない直線道路だった。あまりの広大な土地なので事故でも起きたら助からない。 ついでに YellowStone 国立公園にも行きたいと思ったが、車で片道3日かかると知って諦めた。ともかく広い国である。

Las Vegas 同様に LA は砂漠に水を引き込んで出来た町である。LA から San Diego に向かって南へ走るとすぐに砂漠となる。雨が降らないので夏場は草は枯れて黄色である。秋から冬には逆に雨が多少降るため、草が茂り原野は緑色になる。草は夏に枯れ、冬には緑になるので、日本で見る風景とは逆である。地図を見ると LA から San Francisco に向かう道路もほとんど砂漠の中であることが判る。James Dean が交通事故で死んだ記念碑もこの砂漠の道路の片隅にある。雨がほとんど降らないので LA の町中には川がない。

③アメリカの治安は悪い。夜一人で町は歩けない。夜は車で建物の前まで行く必要がある。キャッシュレスが普通だったが、小銭を持っておく必要がある。公衆電話のためだけではない。強盗対策で必要だと初めに日本人に教えてもらっていた。ある時、夜に出かけ、目的の所に駐車場がなかったので少し離れたところに駐車した。暗闇を歩いていたら黒人が現れ、「小銭があったら両替して欲しい」と言われた。「両替するほどお金は持たないが、小銭ならあげるよ」と言って、ポケットに入れていた小銭(quarter-coin / 25 セント)を相手に渡して立ち去った。これは知人に教えられた対処法である。ここで財布でもとり出そうものなら、財布ごと脅し取られるだけでなく、命まで取られる可能性のある国なのだ。

LA でも殺人事件は毎日のように起こっている。普通の殺人事件ではニュースにもならない。大学生は自転車や車で、高校生以下はすべて黄色いスクールバスで通学する。子供が町中を歩いている姿を見ることはない。歩くにはあまりに広すぎる国土でもあるが。